法輪功とモラルパニック
法輪功の瞑想の様子(falunInfo.net)
マシュー・P・ロバートソン、ウェンディ・ロジャース
(2020年8月6日付けのThe ABC’s Religion and Ethics portalの元記事を編集)
法輪功に出会ったことのあるオーストラリア人のほとんどは、公園で瞑想している人や、法輪功発祥の地である中国での人権侵害に抗議する横断幕を掲げている人を見たことがあるだろう。過去21年間、法輪功学習者は中国で最も厳しく迫害されている宗教団体に挙げられ、中国国内外の人々の間で大きな抵抗運動が起きている。法輪功の苦闘に対する同情の度合いはさまざまであるが、一般的に、法輪功は無害だと考えられている。
しかし、2020年7月、ABC(オーストラリア放送協会)は、「法輪功の危険性」を伝える番組を報道し、暴露されなければならない社会への脅威として投げかけた。法輪功は寛容性に欠け、秘密主義で、組織的な危険な存在として、視聴者のモラルパニックを煽るものだ。
ここでは、ABCの見解がどのような前提の上に成り立っているのか、そしてその前提が正当であるか、この見解が広く受け入れられた場合、どのような結果に至るのかを分析したい。
モラルパニックと暴露政策
法輪功に対する敵対的な見方を正当化するための第一の侵略はモラルパニック、つまり「恐怖」の過剰反応を引き起こすことである。法輪功はその「危険な医学」の教えによって国民の安全を脅かす「民間の悪魔」として描かれる。法輪功の修煉にさらされたオーストラリア人が死亡していると例が引き合いに出されているが、法輪功に入信した母親が血圧の薬をやめてから17年後の75歳で亡くなった、という話に基づくものだ。ABCは、法輪功が健康に良い影響を与えているという多くの主張の真偽を調査しようとはせず、法輪功が医療を禁じている(実際には医療を禁じていないことが人類学者によって明らかにされているのであるが)ことだけを主張している。
第二の戦略は、不当な「秘密主義」を主張することである。この主張は、ニューヨーク州のDragon Spring(龍泉寺)という私有地に一般人が立ち入ることを許可していないことを根拠としている。ここには2つの学校のキャンパスがあり、中国の迫害から逃れてきた法輪功学習者の避難場所となっている。秘密主義、すなわち邪悪という含意があり、もし法輪功が秘密主義であるならば、法輪功学習者自身の言うことは信用できない、と導こうとしている。
第三の戦略は、法輪功には「裏がある」と説得することである。法輪功について選択的で歪曲された見解を示す。法輪功は、創始者である李洪志が広めた一連の修煉法であり、それを修煉する個人から形成された共同体を指すものだ。しかし、法輪功を「構成員」一人ひとりの生活に入り込む秘密主義で強力な世界的組織として紹介する。ここで提示されている陰謀を否定することは、陰謀のさらなる証拠となる。一種の循環論証だ。
この戦略は、法輪功を懐疑的に解釈するように人々の認識を変える。ある宗教や団体に「裏がある」という烙印が押されると、個々の学習者、ボランティア・コーディネーター、公式スポークスマンの発言は耳に入らなくなる。「法輪功のスポークスマンは中央組織は存在しないと主張しているが、それは彼らが機密の中央組織を隠しているからに違いない」「法輪功は標準的な医療を認めていると言っているが、それは人々を殺害する危険な教えを守るための、もっともらしい否認に違いない」と、解釈されていく。
上記の戦略に基づき、第四の戦略として、法輪功の信条が「嘲笑の的」にされる。一夫一婦制の異性愛のみが正しい行為であるという法輪功の信念は、不寛容で同性愛嫌悪であるかのように描かれる(同じ信念は主要な宗教のほとんどに当てはまるが)。異次元の存在に関する深遠な宇宙論はその信仰の中心であり、それは明らかにばかげていると紹介される。法輪功の人種に関する考えである「人間の民族は神に似せて創造され、それぞれの民族にはそれぞれ独自を管理する神がいる」は人種差別の証拠とされる。法輪功のコミュニティでは異人種間の家族もごく一般的であるが、この点は無視されている。
法輪功は、現に存在する宇宙の道徳観という広い枠組みの中で自己を修め、いかなる理由であれ、誰に対しても差別は許されないと認識する。しかしながら、ABCの報道では、法輪功学習者の生活体験にとって些末なことであっても、道徳的に逸脱した危険なものとして扱う。ABCのジャーナリストは、法輪功学習者の信念に触れることなく、欧米の聴衆のために法輪功の「本当の」信条を伝える権威ある解釈者になりきっている。
法輪功を危険な脅威として暴露する第五の戦略は、都合の良い「証言」を多用することである。母親を亡くし、それを法輪功のせいにする娘の話、中国移民一世の母から威圧的に法輪功の信念を押し付けられた娘の話、そして、通常の進歩に反する信念を持っていたことを恥じる元法輪功学習者の話だ。これらの感傷的な話は、たとえ実際の被害の証拠に信憑性があったとしても被害は薄弱であり、法輪功に限らず、大規模な信仰共同体なら起こりうることだ。心理的トラウマの原因は法輪功であると視聴者を説得するために使われている。すべての法輪功学習者をステレオタイプ化するために代表的な証言として紹介されており、これらの証言に遮られ、法輪功そのものには、暴力、無理強い、説得や感情的な操作、搾取の証拠はないということには一切触れていない。
否定主義とプロパガンダ
上記の戦略を効果的にしている原因の一つとして、法輪功への迫害に対するある種の否定主義が挙げられる。法輪功学習者からの臓器収奪は、ABCの報道では一切触れられておらず、私たちが知る限り、ABCは調査をしていない。レポーター自身が個人のフェイスブックで、臓器収奪の報道に疑問を投げかけている。たとえば英国の人権弁護士であるジェフリー・ナイス卿が率いた「中国(臓器収奪)法廷」のような、広範な調査の結果、臓器収奪の疑惑が真実であると判断した第三者に関して、ABCのレポーターは、中国法廷は独立機関ではないかもしれず、その主張は疑わしいと述べている。法輪功を邪悪なものにするために、このような否定論は欠かせない。ジャーナリストは学習者が直面している人権侵害を軽視する必要がある。法輪功が被害者でなく悪者であるならば、法輪功学習者への被害を示す証拠は、中国国家に対抗する法輪功のプロパガンダの一環に過ぎず、疑わしいものとして否定されるべきだという思考に導かれていく。
このような暴露戦略から、初期の法輪功迫害に見られた中国国家によるプロパガンダに酷似したメディア報道が生み出された。当時の中国のプロパガンダでは、「カルト」に関与したことで家族が引き裂かれたという涙話、誤った信念を抱いたことを告白する元学習者、危険な教えを非難する専門家などが現れた。当然のことながら、今回のオーストラリアでの報道を受け、法輪功を迫害するための610弁公室(超法規的な共産党機関)系のウェブサイトは、オーストラリアがついに法輪功を「邪」な「とんでもない異端」の教えであると認めたと豪語している。ABCが中国のプロパガンダ資料を作成することへの懸念はさておいて、このような報道は中国における法輪功学習者の脆弱性を悪化させ、中国国内での学習者の逮捕や拷問の強化につながることは間違いない。
他のどのような状況でも、他のどのような弱い立場にあるコミュニティに対しても、このように暴露し中傷することは考えられない。放映に際しては、ステレオタイプや偏見が正確であるかどうかを明確に検証する映像が必要だ。しかしABCの番組ではこのような疑問には一切触れず、法輪功は邪教であると結論づけ、視聴者を説得するために、報道の目的に見合った3人の感情的な証言を利用した。
“他者”を圧制する
社会学者のピエール・ブルデューは、専制政治を「ある分野に関連する権力が別の分野の機能に侵入すること」と定義した。法輪功に関するABCの報道はこの定義に合致している。「一つの原理、すなわち進歩的で世俗的な原理を絶対化し」「それを他のすべてに当てはまる究極的で疑う余地のない原理として構成する 」という野望が見受けられる。ABCのジャーナリストたちは、秘伝的な仏教信仰を、権威的に解釈し、批判し、世俗的な近代の進歩の基準に照らして判定することで、白日の下に晒そうと試みた。法輪功についての 「本当」の話を伝え、証言という道徳的な芝居を通して視聴者に「正しい」見解を植え付けるという手法だ。
ABCのジャーナリストたちは、自分たちが偏見と不寛容の勢力に対抗していることを確信しており、究極の 「他者化」を行った。法輪功が危険な脅威であり、道徳的に逸脱していると位置づけるために、プロパガンダ的な手法、感情に訴える手段、誇張、ステレオタイプを利用した。法輪功という信仰が、他国の固有のものであり、その民族の人々によって圧倒的に実践され、近代性や世俗的唯物論とはまったく異なる形而上学的な理を採用しているため、より深く洗練されたアプローチが必要であることを認識した形跡はない。
現在は、先住民研究やポストコロニアル批評などの関連分野で、「他者」との出会いに対処するために必要な理論的ツールを提供する動きが広がっている。しかし、言うまでもなく、誹謗中傷や隠された脅威を暴くというプロパガンダには、このようなツールを適用する余地がない。
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マシュー・P・ロバートソンはオーストラリア国立大学の政治学博士課程の学生。ワシントンDCを拠点とする非営利団体である共産主義犠牲者記念財団の中国研究フェロー。中国の公式移植データセットの改ざんに関する彼の研究は、BMC Medical Ethicsに掲載されている。反法輪功キャンペーンを検証する批判的ジェノサイド研究の書籍プロジェクトに携わる。以前はエポック・タイムズ紙の記者であった。
ウェンディ・ロジャーズはマッコーリー大学の臨床倫理学教授。2019年The Australian誌でオーストラリアの生命倫理研究分野のリーダーに選出され、中国の臓器移植研究における倫理的問題を明らかにしたことで多くの論文撤回に至った功績により、2019年Nature誌の「科学で注目すべき10人」(Nature’s 10)にノミネートされた。移植倫理に関わる非政府組織「中国での臓器移植濫用停止 ETAC国際ネットワーク」(日本語サイト)の国際諮問委員会委員長。
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